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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)3611号 判決

原告

青山猪一郎

ほか一名

被告

大下良夫

主文

被告は原告らに対し、それぞれ金一二四万四、三〇〇円およびこれらに対する昭和五八年一月八日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告両名に対し、それぞれ金一、〇〇〇万円およびこれらに対する昭和五八年一月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五八年一月八日午後一一時五分頃

2  場所 大阪府吹田市穂波町六番先交差点

3  加害者 普通貨物自動車(大阪四六ひ五八七四号・以下加害車という)

右運転者 被告

4  被害者 自動二輪車(大阪や四八三四号・以下被害車という)を運転していた訴外亡青山伸一(以下訴外伸一という)

5  態様 直進中の被害車に、右折中の加害車が衝突し、被害車を転倒させ、訴外伸一を死亡させた。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告は、本件交差点を右折しようとしたのであるから、自動車運転者としては、対向直進中の有無を確かめ、その直進車を認めた際には車間距離を確認して直進車の通過を待つてから自車を発進させるべきであるのに、これを怠り、漫然と右折した過失により本件事故を発生させ、かつ、右事故により傷害を負つた訴外伸一に救護措置を講ずべき義務があるのに、訴外伸一を事故現場に放置したまま逃走し、訴外伸一を死亡させた。

三  損害

1  訴外伸一の死亡

訴外伸一は本件事故により脳挫傷などの傷害を負い、昭和五八年一月一〇日死亡した。

2  治療関係費

治療費 一〇五万円

3  死亡による逸失利益

訴外伸一は事故当時一六歳であつたところ、同人は大学への進学を希望し、かつ実現可能な状況にあつたので、事故がなければ大学卒業後二二歳から六七歳までの就労が可能であり、その間少くとも一か年二一二万八、八〇〇円の男子大卒者平均賃金相当額の収入を得ることができ、同人の生活費は収入の三五%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三、一六九万二、五一〇円となる。

4  葬儀費 六二万二、〇〇〇円

5  訴外伸一の慰藉料 六〇〇万円

6  原告両名の固有の慰藉料 各自七〇〇万円宛

なお、被告が本件事故により負傷した訴外伸一を救護せず、ひき逃げした点を、特に考慮さるべきである。

7  弁護士費用 二六〇万円

四  権利の承継

原告両名は、訴外伸一の両親であつて、原告両名のみが同人の相続人であり、同人の被告に対する損害賠償請求権をそれぞれ二分の一づつ相続した。

五  損害の填補

原告らは、次のとおり支払を受けた。

1  自賠責保険金 二、〇二三万五、二七八円

2  被告から 一〇〇万円

六  本訴請求

よつて、原告らはそれぞれ一、七三六万四、六一五円の内金として請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一の1ないし4は認めるが、5は争う。

二の1は認める。

二の2のうち、被告が救護措置を講じなかつたこと及び訴外伸一が死亡したことは認めるが、その余は否認する。

三の1は認めるが、その余は不知。なお、訴外伸一の逸失利益の算定にあたつては、高卒男子平均賃金をもとにすべきである。

四及び五は認める。

第四被告の主張

一  免責

本件事故は訴外伸一の一方的過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失がなかつた。かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告には損害賠償責任がない。

すなわち、被告は、対面信号が赤色燈火に変つたのを確認して右折進行を開始したところ、被害車が信号機の表示を無視し、強引に直進通過しようとしたため、本件事故が発生した。

二  過失相殺

仮りに免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については訴外伸一にも前方不注視、制限速度違反(時速二〇キロオーバー)減速義務違反などの過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

三  損害の填補

本件事故による損害については、原告が自認している分以外に、次のとおり損害の填補がなされている。

自賠責保険金より健康保険組合に対し、治療費として八三万四、八七二円が支払われた。

第五被告の主張に対する原告らの答弁

一及び二は否認する。

三は認める。

第六証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争がなく、同5の事故の態様については後記第二の二で認定するとおりである。

第二責任原因

一  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、当事者間に争がない。従つて、被告は自賠法三条により、後記免責の抗弁が認められない限り、本件事故による原告ら及び訴外伸一の損害を賠償する責任がある。

二  一般不法行為責任

1  成立に争いのない乙第五ないし第三九号証、第四〇号証の一、二、第四一ないし第四三号証(但し、乙第二四、四一、四二号証中の後記措信しない部分を除く)を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する乙第二四、第四一、第四二号証中の記載部分は前記各証拠に比し措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被告は、加害車(マツダボンゴ)を無免許で運転して片方二車線の東西道路を、時速約四〇キロメートルで東に向け中央寄り車線部分を進行し、交通整理の行なわれている本件交差点附近に至り右折して南進しようと方向指示器で右折の合図をし、対面信号が青色であることを確かめ、徐々に減速して本件交差点に至つたところ、対向車線が途切れたものと思い、同交差点中央にまで進行することなく、時速約五キロメートルで早廻り右折を始め、南北道路(片方一車線)を南進しようとした。被告運転の加害車前部が対向中央寄り車線に進入した際、東西道路を東から西へ進行してくる被害車を約三〇・三メートル先に認めたが、被告は、被害車より先に右折進行することができるものと判断して加速右折進行しはじめ、約五・五メートル進んだ際に、本件事故が発生した。

(2) 原告は、被害車(カワサキKZ四〇〇M)を運転し、本件交差点附近東西道路左側車線を東から西に向け、時速約六〇キロメートル(なお、東西道路の制限速度は時速四〇キロメートル)で進行し、対面信号青色を呈していたことからそのままの速度で本件交差点へ進入し、交差点内東側南北歩行者用横断歩道西端から西寄り約八メートル、東西道路車道南端(歩車道区分線)から北寄り約二・七メートルの地点で加害車に衝突した。

(3) 車両の損傷、汚染、付着物などをみると、加害車においては、左後輪外側タイヤに被害車両のタイヤ痕が付着しており、左後輪タイヤシヨルダー付近が八センチメートルにわたり切損し、ホイルも二四センチメートルにわたり擦過し、左後部リヤーフエンダーには左後部から九四センチメートルの間に凹損痕があり、左後部から二四センチメートル部分から三センチメートルにわたつて切損があり、同フエンダー凹部の最深部は二二センチメートルあつたが、リヤーフエンダー凹損部後方に被害車両の塗装片が付着しており、また、被害車においては、フロントフエンダの前部が切損しており、残つたフエンダー部分に塗装片(加害車両のもの)が付着し、前輪タイヤはサイド部が一〇センチメートルにわたり切損し、アルミホイルは左リム部が幅一五センチメートルにわたりUの字型に亀裂してめくれ、その他フロントフオーク、サイドミラー、エンジン、ガソリンタンクなどが切損したり凹損し、あるいは擦過するなどしていた。

(4) 事故後、被告は、無免許運転であつたことが発覚するのを恐れ、そのまま事故現場から逃走し、訴外伸一は衝突後、同地点より約五・九メートル左斜め前方で停止(なお、被害車は衝突地点よりやや左斜め前方約三・三メートルの地点で停止)し、着用していたヘルメツトは脱げていた。事故直後本件事故現場付近の沢崎石油吹田サービスステーシヨンにいた岡本健の通報により吹田市消防署所属の救急車が間もなく現場に着き、訴外伸一は直ちに右救急車により千里救命救急センターに搬送され手当てを受けたが、脳挫傷により昭和五八年一月一〇日午前一〇時三二分同センターにおいて死亡した。

2  右事実によれば、被告は、本件交差点を右折するにあたり、対向直進してくる車の有無及びその安全を確認して右折を開始すべきであるのに、これを怠り、対向車線上の直進車の有無を十分確認せず、かつ、その安全を十分確認しないまま時速約五キロメートルで早廻り右折を始めて本件交差点に進入、続いて、対向車線上を東から西に向け同交差点に接近してきた訴外伸一運転の被害車を約三〇・三メートルの地点ではじめて発見し、しかも、対向被害車両が本件交差点に進入してくるのを知りながら、その前面を通過できるものと軽信し、加速進行したため、被害車前輪を加害車左側面後部に衝突させたのであるから、被告には、左側方不注視、安全運転義務違反の過失が認められ、従つて、被告は民法七〇九条により、本件事故による原告ら及び訴外伸一の損害を賠償する責任があり、また、被告主張の免責の抗弁は、これを採用することができない。

3  一方、右事実によれば、訴外伸一は、被害車を運転して本件交差点を直進するにあたり、対向車線より自車走行車線へ右折進行してくる車の有無及びその安全を確認し、減速して交差点内を直進すべきであるのに、これを怠り、対面信号が青を呈していることに気を許し、安全不確認の状態で漫然と時速約六〇キロメートルのまま本件交差点内に進入したため、自車を加害車左側面後部に衝突させたのであるから、訴外伸一にも減速義務違反、安全運転義務違反の過失が認められる。

なお、被告は免責の抗弁事実として被害者の信号無視を主張するが、全証拠によるも、右事実を認めるに足る証拠はなく、むしろ、前記認定のとおり、被告は対面信号を十分確認していなかつたこと及び訴外伸一は対面信号青の表示のときに本件交差点内に進入したものと認められ、この点においても、被告の免責の抗弁は採用することができない。

第三損害

1  訴外伸一の死亡

請求原因三1の事実は当事者間に争いがない。

2  治療関係費

成立に争いのない甲第五号証によれば、訴外伸一は本件事故により千里救命救急センターで傷害の治療を受けたが、右治療のため一〇五万三九〇円の費用を要したことが認められる。

3  死亡による逸失利益

成立に争いのない乙第六、第七、第一〇号証によれば、訴外伸一は事故当時一六歳であつたことが認められ、昭和五七年度の賃金センサスによれば、同年度の一八歳ないし一九歳の男子労働者の平均給与額は一か年一六五万八、七〇〇円であることが認められるところ、同人は事故がなければ一八歳から六七歳まで四九年間就労が可能であり、同人の生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一、九一七万六、三九六円となる。

計算式

165万8,700(年収)×(1-0.5)(生活費控除)×(24.9836-1.8614)(就労可能年数18歳~67歳とする16歳のホフマン係数)=1,917万6.396(円未満切捨)

ところで、原告らは訴外伸一の逸失利益について、訴外伸一は大学へ進学する予定であつたから大卒男子平均賃金をもとにこれを算出すべきである旨主張する。

しかしながら、希望する者がすべて大学へ進学するとは限らない現状に鑑み、被害者が加害者に対し大学へ進学することを前提に損害賠償請求をなしうるといいうるためには、大学進学への相当程度の蓋然性を必要とするものと解すべきところ、成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二、第四、乙第二、第五、第二二、第二三、第四五号証、原告青山猪一郎本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すれば、訴外伸一の父原告青山猪一郎としては、訴外伸一を大学へ進学させたいとの希望を持ち、同人の将来を期待していたこと、一方、訴外伸一は将来航空技士となつて就労することを夢みていたこと、ところが、訴外伸一は、昭和五六年大阪府立吹田高等学校に進学してのちの第一学年第二及び第三学期の成績は良好であつたものの、同校では生徒に対し教育上の考慮から学校に無断で運転免許証の取得を禁止していたのに、単車に興味を持ちはじめ、昭和五七年四月一日に無免許運転が発覚、同年五月と七月に原付及び中型二輪の免許証を取得、続いて親には内密に同年七月被害車を購入し、右単車の購入代金を捻出するためにアルバイトをしていたためか、第二学年の成績はかんばしくなかつたこと及び前記吹田高校の進学率並びに航空技士となる資格を得るためには必ずしも大学を卒業することを要求されてはいないこと(なお、原告青山猪一郎の供述によれば、訴外伸一は大阪工業大学への進学を希望していたとのことであるものの、同校には航空工学関係の学科は設置されていない。)が認められ、右事実を総合すれば、訴外伸一が大学へ進学する蓋然性を認めることはできず、むしろ、これを否定せざるを得ない。

そうすると、訴外伸一の死亡による逸失利益の算定の基礎には昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表企業規模計・産業計・学歴計の一八歳ないし一九歳男子労働者の平均賃金をもつてするのが相当である。

4  葬儀費

原告青山猪一郎本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一ないし三によれば、原告らは訴外伸一の葬儀費として六二万二、〇〇〇円を支出したことが認められるものの、本件事故と相当因果関係にある葬儀費は五〇万円とすべきであつて、右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

5  慰藉料

本件事故の態様、訴外伸一の傷害の部位、程度、訴外伸一の年齢、親族関係、訴外伸一の死亡の事実その他諸般の事情を考えあわせると、訴外伸一の慰藉料額は六〇〇万円、原告らの慰藉料額はそれぞれ四〇〇万円とするのが相当であると認められる。

第四過失相殺

前記第二認定の事実によれば、本件事故の発生については訴外伸一にも減速義務違反、安全運転義務違反の過失が認められるところ、前記認定の被告の過失の態様等諸般の事情(特に被害車が加害車左側方後部に衝突していること)を考慮すると、過失相殺として原告ら及び訴外伸一の損害の三割を減ずるのが相当と認められる。

そうすると、原告ら及び訴外伸一の損害は総合計三、四七二万六、七八六円を三割減じた二、四三〇万八、七五〇円(円未満切捨て)となる。

第五権利の承継

請求原因四の事実は、当事者間に争いがない。

第六損害の填補

請求原因五及び被告の主張三の事実は、当事者間に争がない。

よつて原告らの前記損害額から右填補分二、二〇七万一五〇円を差引くと、残損害額は総合計二二三万八、六〇〇円となる。

第七弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告らが被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は合計二五万円とするのが相当であると認められる。

第八結論

よつて被告は原告らに対し、それぞれ一二四万四、三〇〇円、およびこれらに対する本件不法行為の日である昭和五八年一月八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井良和)

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